一般社団法人 日本地下鉄協会

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ベルリン(BERLIN)


ドイツ
Federal Republic of Germany

人口●8265万人
面積●35万7022km2
主要言語●ドイツ語
通貨●ユーロ
1ユーロ=134.92円
1人当たりGNI●4万5170ドル

ヨーロッパ中央部、ほぼ日本に匹敵する面積の連邦共和国。4世紀のゲルマン民族大移動でこの周辺に移住したドイツ人は、神聖ローマ帝国を構成する多数の小 公国に分裂していたが、18世紀、プロイセンにより統一されて工業等が発展した。国名は高地ドイツ語で民衆を指す「ドイッチェ」が変化してドイツという。

ベルリン Berlin

ドイツの首都で人口350万人(2012)。第2次世界大戦により壊滅的な破壊を受け、東西に分断された街は戦後世界の縮図であったが、1990年10月に統一され、翌年6月にドイツの首都に復帰した。街の随所に戦争の傷跡が残っているが、反面、活気に満ちた国際的文化都市となっている。新しいものと古いもの、現代と伝統がマッチしているベルリンはヨーロッパでも最も人気のある街の一つとなっている。

営業主体

Berliner Verkehrsbetriebe(BVG)
URL:http://www.bvg.de

路線図

※クリックで拡大します。

地下鉄の概要

ベルリン最初の地下鉄は、ベルリン高架・地下鉄会社が1896年に建設を開始し、1902年2月に開業したPotz-damer Platz 〜Stralauer Tor(現存せず)間6kmであったが、地盤等の制約から、この区間は全線が高架方式であった。しかし、1902年末までには東西両方向に延伸されて、Warschauer Bruecke(現在のWarschauer Straße)〜Knie(現在のErnst-Reuter-Platz)間の路線及びPotsdamer Platz への支線が建設され、この内Nollendorfplatz 駅から西側(Knie 方向)は、地下区間となった。これは、カイザーヴィルヘルム記念教会付近の景観が損なわれるのを防ぐためであったといわれている。
その後、今日のU2号線となる上記路線の延伸や、今日のU1号線及びU3・4 号線の開業があり、第1次世界大戦が始まった1914年には、総延長37.8kmの路線網が形成された。初期に建設されたこれらの路線は、いずれもトンネル径が6.24m、車両の幅が2.3mの小断面地下鉄であったが、1923年に開業した現在のU6号線では、トンネル径7m、車両幅2.65mの大断面地下鉄が採用され、以後に建設された路線はすべて大断面の地下鉄となっている。
1929年には、ベルリン高架・地下鉄会社と一般ベルリン乗り合いバス株式会社及びベルリン路面電車運営会社の3社が合併して、ベルリン輸送会社(BVG)が発足し、市内の交通機関を一元的に運営することとなった。以来、地下鉄の建設も同社の手で急速に進められ、第2次世界大戦直前までに、現在のU9号線を除き、今日の路線網の基本が完成した。
第2次大戦後は、1949年のベルリン分断に伴い、BVG も東西に分割され、地下鉄については東側地区を除く大部分の路線がBVG の所有となった。さらに、1961年の「ベルリンの壁」構築により路線網が分断され、一部を除き東側の駅は通過する措置がとられた。
1989年の「壁崩壊」、翌年10月の東西ドイツの再統一の結果、1992年には東西のBVG の合併が実現して新たに「ベルリン運輸公社」と改称し、州の交通部門として地下鉄、路面電車、バス、フェリーの運行を担当することとなった。さらに1996年には、州内と周辺の公共交通を広域的、総合的に管理するベルリン・ブランデンブルク運輸連合(VBB:ベルリン州、ブランデンブルク州並びにブランデンブルク州内の自治体が3分の1ずつを出資)が誕生した。VBB は、1999年から地下鉄やSバーンをはじめとする域内の交通機関を対象に、共通運賃制度を運用している。
ベルリンの分断中の1960年代から70 年代にかけて、新たにU9号線の開通があったが、東西ドイツの再統一後は、旧東ドイツ地域の老朽化した設備の改善が優先されたため、分断されていた路線の接続や若干の路線延長はあったものの、新線建設や路線の大幅な延長は行われなかった。しかし、2009年、 Hauptbahnhof 〜Brandenburger Tor 間にシャトル路線(U55線)が開通した。途中のBundestag(連邦議事堂)駅を含めわずか3駅1.5kmの開業である。2019年にBrandenburger Tor においてU5号線と接続するための延伸工事が行われている。
ベルリンの地下鉄では駅施設の無人化が進められており、その代替としてホーム上にビデオモニター付非常通報・案内装置が設置されている。乗客はこの装置を使用して監視センターと通話することができ、また、非常ボタンを押すと直後にビデオ記録装置がスタートするしくみとなっている。さらに将来の無人運転方式の実施を目指した技術の導入を段階的に進めており、現在U4およびU9において半自動運転(Semi-Automated Train Operation: STO)が行われている。半自動運転では、列車の発車および停車は基本的に自動で行われる。しかし運転士が乗車しており、車両のドアの開閉や列車運行の監視を行っているほか、故障などの緊急時には運転士が手動運転を行う。


Kochstraße 駅に入線するU6号線の電車
提供/秋山芳弘


Uバーン入口の標識は青地に白色の「U」
提供/秋山芳弘


Hauptbahnhof 駅で出発を待つU55号線の電車
提供/秋山芳弘

データ

開通年1902年8月 軌間1435mm
営業キロ146.0km電気方式直流750V
路線数10 集電方式第三軌条
駅数173 運転保安PTC/ATO
運行時間4:00~1:00 最小運転間隔3分
運賃制度ゾーン制 列車運転線路右側
輸送人員138万人/日(2011)   

利用方法

運賃

VBB域内交通機関共通。A〜C ゾーン(1.60ユーロ〜)、全ゾーン共通券は3.30ユーロ

乗車券

普通乗車券、1日乗車券、7日乗車券、ウェルカム・カード等

旅客案内

駅構内の表示はドイツ語。地下鉄の入口には、青地に白のU マーク標識がある

UバーンとSバーン

ドイツでは、LRT の路線をStadtbahn(シュタットバーン)と呼び、その内、相当の区間地下を走行する路線をU-bahn(Uバーン)と称し、路線番号にU を付している。なお、ベルリンやミュンヘン等の本格的な地下鉄であるUバーンと区別するため、標識等の表示では、青地に白抜きの「U」の文字の下に「Stadtbahn」と併記されている場合が多い。
一方、多くの都市では、地下鉄やStadtbahn とともに、S-bahn(Sバーン)と呼ばれる路線がネットワークを形成している。ベルリン等の大都市では、都市内の路線や都心と近郊を結ぶ路線は、電車化される以前からStadtbahn と呼ばれていたが、電車化が進むとともに、1930年ごろから、都市を意味するStadt のS と、高速を意味するSchnell のS の両方の意味を込めて、Sバーンと呼ばれるようになったものである。Sバーンは原則として、旧国鉄であるドイツ鉄道(子会社を含む)によって運営されている。

地下鉄博物館とSバーン博物館

ベルリンの地下鉄愛好家が運営している地下鉄博物館が、U2号線のOlympia-Stadion 駅に隣接する古い信号塔内にある。公開は毎月第2土曜日と日曜日の11時〜17時、料金は2ユーロ(7~14歳までの子供は1ユーロ、6歳以下の子供は無料)
http://www.ag-berliner-u-bahn.de
また、ポツダム市との境界近くにあるSバーンのGriebnitzsee 駅構内にはSバーン博物館がある。開館は4〜11月の第2土曜と第2日曜の11時〜17時、料金は2ユーロ(6歳以下の子供は無料)
http://www.s-bahn-museum.de

駅が浅いベルリン地下鉄

ベルリンの地下鉄は地盤が砂地で崩れやすく、函型の鋼鉄の桁と梁で道路を覆いその下を掘ってトンネルを建設した。この方式はブダペストで最初に用いられた方式である。このため初期に作られた駅は非常に浅いところにあり、反対側のホームへ行くには、短い階段でいったん地上に出て、道路の反対側にある階段を下りて向かうことになる。

*一般社団法人 日本地下鉄協会 「世界の地下鉄ビジュアルガイドブック」より

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